松江水燈路に思うこと〜闇を照らす光

松江水燈路

2017年7月16日、国際交流会館で開催された「チーム水燈路交流会」に出席しました。今年も水燈路の写真展を島根県民会館と松江歴史館で開催させてもらうことになりました。併せて、今年から水燈路市民会議の広報チームメンバーとして、SNSを活用した取り組みも進めていきます。

松江水燈路について

「松江水燈路(読み方:まつえすいとうろ)」は、松江城のライトアップイベント。「水燈路」は、「水辺の路を灯す」という意味で付けられた言葉です。

松江水燈路 公式サイト

松江城がたくさんの行灯の光で照らされ、静かで落ち着きのある城下町・松江らしいイベントです。10年以上続く松江の秋の風物詩です。

暗闇に浮かぶ行灯の光はとても美しく、松江水燈路の開催時期は、多くの人が松江城を訪れます。

闇を照らす光

水燈路開催期間中の週末、塩見縄手(松江城北側の堀端の通り)は街灯が消され、お堀端の道に行灯が並べられます。

この行灯の光がなければ、塩見縄手は真っ暗になってしまいます。人にぶつかったり、堀端の松の木や段差につまずいてしまうかもしれません。水辺との境目がわからないので、お堀に落ちてしまう可能性もあります。

優しい光で行き先を照らしてくれる行灯のおかげで、水燈路を訪れた人は暗闇に迷うことなく歩くことができます。

私の人生の道標

行灯の「光」そのものは、手に取ったり形を捉えたりすることはできません。けれども、確かにそこに存在し、私の歩く道を指し示してくれています。

浄土真宗の宗祖・親鸞聖人は『唯信鈔文意』というご著書の中で、次のようにお示しくださっています。

法身はいろもなし、かたちもましまさず。しかれば、こころもおよばれず、ことばもたえたり。

無明の闇をはらひ、悪業にさへられず、このゆゑに無碍光と申すなり。無碍はさはりなしと申す。しかれば阿弥陀仏は光明なり、光明は智慧のかたちなりとしるべし。

真っ暗な夜道は、欲望や怒りや妬みに振り回され、煩悩の闇の中で迷う私の人生そのものです。

「必ず救う、我にまかせよ」

如来さまの願いは、夜道を照らす行灯の光のように私を優しく照らしてくださる人生の道標――毎年、水燈路の行灯の光を見る度に、そんなことを考えています。

今年の水燈路の撮影も楽しみです。

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